はじめに
従来の自律神経の理解は「交感神経」「副交感神経」という二分法が中心でした。しかしこの枠組みでは、例えば「抑うつ状態=副交感神経優位」と「リラックス=副交感神経優位」が同列になってしまい、理論的な矛盾が生じます。
「副交感神経=休息・安心」という単純な図式では、人のこころは説明しきれません。
ここでは、従来モデルの矛盾点を整理し、ポリヴェーガル理論がどのように理解を更新するのかを綴っています。
抑うつ状態で“副交感神経が高い”という矛盾
●うつ状態で“副交感神経が高い”という矛盾
多くの研究では、うつ病や強い無気力状態にある人の一部は、副交感神経の指標(HRVの特定値)が高いことが示されています。
これが意味するのは、「副交感神経が高い=健康でリラックス」という考えがそもそも間違っている、ということです。
副交感神経には2種類あり、役割が全く違うことが重要です。
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腹側迷走神経:社会的交流・安心・柔軟性
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背側迷走神経:シャットダウン、固まり、動けない、無力感
従来はこの2つが「副交感神経」として混ぜて扱われてきました。
そのため、
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無気力
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落ち込み
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動けない
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過剰な疲労感
など 背側迷走神経の反応が「副交感神経が強い」と誤読されてきたのです。副交感神経が高いから元気なのではなく、背側迷走神経が過剰に働いているために“意欲の停止”が起きている
と理解すべきなのです。
自律神経の「シーソー理論」の矛盾
従来、交感神経と副交感神経は「一方が上がると一方が下がる」シーソーの関係だと言われてきました。
しかし実際には、
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不安で落ち着かないのに体が重い
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怒っているのに涙が出てくる
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緊張しているのに眠気がくる
など、交感神経と副交感神経が同時に高い状態がよく見られます。
これはすでに科学的にも確認されており、「共賦活(co-activation)」という概念で説明されます。
人の身体はシーソーではなく、もっと階層的で複雑なネットワークとして働いています。
ポリヴェーガル理論による再解釈
ポリヴェーガル理論は、従来モデルでは説明できない矛盾を整理します。
●3つの神経系
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腹側迷走神経(社会・安心)
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交感神経(闘争・逃走)
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背側迷走神経(凍結・遮断)
これは進化論的に古い順 → 新しい順の階層構造になっています。
●重要なポイント
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副交感神経には「安心(腹側)」と「シャットダウン(背側)」がある
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心と身体が安全を感じるほど、腹側迷走神経が働く
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危険を感じると、交感神経が優位になる
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耐えられない脅威では、背側迷走神経による「固まり・意識の引きこもり」が起きる
つまり、
「副交感神経を高める」ではなく
「腹側迷走神経による安心状態を育む」ことが重要という結論になります。
進化過程から見える人の本質
ポリヴェーガル理論の核心は、
人は社会的生物であり、安心は“つながり”によって生まれる
という進化的事実です。
私たちは母親との最初の共振(co-regulation)を基盤に、
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表情を読む
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声のトーンを感じる
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相手の仕草を理解する
といった社会的コミュニケーションを通じて安全性を判断します。
これは腹側迷走神経系に強く関与しています。
つまり、
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誰かと笑い合う
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優しく声をかけてもらう
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一緒に歩く
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共に運動する
これらは全て「生理的な安全」をつくる科学的に意味のある行為です。
単なるメンタルではなく、身体レベルの神経調節なのです。
追加すべき重要な論点
①「安全」よりも深い概念としての “安心”
安全(Safety)は外界の脅威がない状態。
安心(Security)は「自分は大丈夫だ」と感じる内側の感覚。
この“安心”こそが腹側迷走神経状態です。
②こころの問題は「危険の錯覚」で起きる
実際には危険がなくても、
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SNS
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対人ストレス
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過度の責任感
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過去の記憶
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未来の不安
などが身体に「危険シグナル」を送り、交感神経や背側迷走神経が反応します。
これはポリヴェーガル理論では neuroception(神経学的な安全探索) と呼ばれます。
③呼吸・姿勢・運動が迷走神経に直接作用する
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ゆっくりした呼吸
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胸郭が開く姿勢
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歩行やランニングによるリズム
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ピラティスやヨガによる協調運動
これらは腹側迷走神経を刺激する、極めて身体的な「安心づくり」です。
まとめ
副交感神経を高めれば良いという考えは、もはや現代の神経科学では通用しません。
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副交感神経には「安心」と「シャットダウン」の2種類がある
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うつ状態でも副交感神経(背側迷走神経)は高まりうる
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自律神経はシーソーではなく、複数のシステムが同時に働く
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人は社会的なつながりを通じて安心をつくる
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呼吸・姿勢・運動は安心を育む身体的アプローチになる
こころと体は、分けて説明できないひとつのネットワークである。
これがポリヴェーガル理論が教えてくれる大きなメッセージです。
ひとのこころは変幻自在に富んでおり、ポリヴェーガル理論が絶対であるということはありません。しかし、ポリヴェーガル理論を正確に理解すれば、クライエントや家族、自分自身の状態や調子を推し量る新たな視座となります。
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参考文献
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Author:行方悟郎 Goro NAMEKATA
当院には、自律神経の乱れ、抑うつ、パニック、不安、不眠、慢性的な疲労感、頭痛、首の痛みなど――
心と身体のバランスを崩し、仕事や学校を休みがちになったり、何とか日常を続けながらも、長いあいだ不調を抱えている方が多く来院されています。
では、その「不調の原因」とは何でしょうか?ストレスでしょうか?仕事、家庭、人間関係…あるいは姿勢や生活習慣、慢性的な疲労や過緊張…? ――答えは一つのようで、一つではありません。
ご自身で「わかっている」と感じるときもあれば、「何が原因かわからないけれど、ただしんどい」ということも自然なことです。
当院では、鍼灸・整体施術、心理カウンセリング、ピラティスなどを通して、身体との対話、心との対話、そして人との対話を大切にしながら、少しずつ「本来の自分」に立ち返るお手伝いをしています。
私たちが信じていること――それは、身体は本来“治りたがっている”存在であるということ。
自然のリズムと心身の声に耳を傾け、あなた自身の内に眠る“治る力”を、ここで一緒に呼び覚ましていきましょう。
鍼灸師・認定心理士・ピラティスインストラクターとして、身体・心・自然の調和を探求し続けています。2013年より当地にて鍼灸院を開業。自律神経の不調やアスリートの身体ケアに携わる中で、対話と身体感覚の重要性を実感し、心理学やピラティスも統合。
現在はポリヴェーガル理論を軸にした施術と、「動く瞑想」としてのワンネスピラティスを実践中。すべての人が“自らの治癒力”に気づき、自分自身とつながる場を提供しています。
■資格等
□鍼灸師
□認定心理士
□介護予防運動指導員
□ピラティスリーダーシップコンセプトマットⅠⅡ修了
□(公)日本陸上競技連盟B級トレーナー
□医薬品登録販売者(未登録)

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